女性
- コミュニケーションが出来るようになる。
- 協力できるようになる。
コミュニティを守るため情報(どこになにの食べれる木のみや葉っぱがあるか、誰が自分のことしか考えていないのか)を知る必要があります。自分のところの子供はみんなで支え合わないと限界があります。みんなの子供も支えます。子供はそのコミュニティを今後発展させる宝です。そして色々子供に癒やされ笑顔を貰い学ばされます。
男性
- 稼げるようになる。
- 統率出来るようになる。(一目置かれる)
獲物を獲ってこれるかの問題です。家族もそのほうが生き残りやすいのでまずモテますし。周りの方も協力的でない場合でも、狩ってる時間の無駄にしていることが100人くらいのコミュニティなら現実食べ物がなくなっていく飢餓の危機により感じるので譲るしかないと考えると思います。そうなってくるとそれが協力出来る人となり狩りのパートナーとされることも。
この辺りで自信を持つ事が狩猟文化で生きてきた日本人の男女のそのコミュニティを上手く生きていけたスキルだと思います。
しかし男性のこの稼げるようになるは現在難しい事が沢山あるように思います。(お金は物々交換を効率良くするために生まれたものです。「家を作る木をもらってお魚あげても腐ったらどうしよう…」と考えると貨幣は便利)
今回はその理由と日本人男性が稼げなくても自信を持って生きれる方法を考察しました。
女性についても。
世間でも自信は初めからはない人が殆どに見えます。根拠なく自信を持っている方は親にいい感じに育てて貰えたのかなって感じます。
アダルトチルドレンとなると親に存在や考えを否定される日々。自信なんてカケラもない。大丈夫!
関連記事>>アダルトチルドレンおすすめ本『アダルト・チャイルドが人生を変えていく本』の内容
2022/06/23:追記 福祉関係で有名所さんからお声掛けいただける。有難く想い話を聞いてみようと面談するも何故かやりたいこととズレていてやり取りで凄く傷つく。動けない。福祉的就労であることが多い。正社員もある。それの問題は発達特性で不注意があるが、程度の差が通じなく(慣れたらできるとのこと。何人もの死者負傷者が出る大惨事になりかねないと推測されるが?)。人間関係がその方と大丈夫でも他の方との取引の話し合いが多そうで、つまり迷惑をかけたくない。 不適切発言で揉める。
福祉の場面に出会うと、発達や知的の障害であればまだb型作業所などで働ける可能性もあります。
b型作業所とは
一般の企業・事業所に雇用されることが困難な障害者のうち、一般の企業・事業所に雇用されていた障害者で、その年齢や心身の状態などの事情により引き続き当該の企業・事業所に雇用されることが困難になった、または就労移行支援によっても一般の企業・事業所に雇用されるに至らなかった人などに対し、生産活動の機会の提供など就労に必要な知識や能力の向上のための訓練を行う事業所です。
就労継続支援B型事業所 / WAM NET 独立行政法人福祉医療機構が運営する福祉・保健・医療の総合情報サイト
しかし、脳性まひや四肢まひを持つ方も沢山います。『働ける人は働けばいい』それは普通の考えであると思います。ここで考えたい課題が『福祉的就労』と『ディーセント・ワーク』になります。
福祉的就労とは明確な定義はなく、おおよそスキル向上の支援受けながら生産活動を行う事となっています。
記事紹介>> 福祉的就労とはどんな働き方なの?一般就労との違いなどについても説明します(LITALICO)
筆者は自分の意見が強い方で「こうしたい」と提案しても事業所さんとの内容の折り合いがつかないことも多くあり悩んでいました。やりたいことをしたい…。やりたくないことは続かないし、「やってみたら?」と言われたくらいでやってみる事は途中で自分で考えられなくなる。どうしように。そのほうが後々迷惑になると考えています。本人がやりたいことで頑張れるのが働きがいがあると言うのかなって。。。
持続可能な開発目標(SDGs)と照らし合わせ考えてみました。
持続可能な開発目標8にディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)があります。
筆者の知る限りでディーセント・ワークに取り組んでいる事例を紹介します。
WWD 「福祉×オシャレで世の中を変える」 身体障害者の声から生まれたブランド「ボトモール」
(平林景さんについて:わたしがボトモールをかなり支持しているので若干の利益になればいいなという気持ちを持っているのを否めず。これは第三者視点として完全に正当であると言い切れず詳しく紹介できないと判断。中途半端な紹介となり誠に申し訳有りません。2022/5/28にパリコレキックオフイベントのチケットをとりました。そこでボトモールだけでなくまた全貌を学びに行く手がかりの一つとして勉強してきてから紹介します。もし参加できたら自分の事なので紹介できる。SDGsに誰もが取り組める仕組みを沢山展開されています。)
平林景さんのいう「障害があってもなくても」筆者はここが素晴らしいと感涙しています。今も泣いています
→追記:行ってきました。2回めの募集をかけることにしたパリコレのモデル(車椅子でランウェイする)になれば、ボトモールもブログで自分の買ってほしいものして紹介できる(現在の自分の立場では第三者。宣伝としてどこまでの紹介を書いていいのかわからない。「個人の感想です」にしては問題がある。捉え方というのは限界も。)。しかも福祉的就労に当てはまらずわたしにとってはディーセント・ワークと言える。やってみたい。しかし痩せてない。間に合わない。
発表されている部分ではボトモールは福祉作業所にて作られています。ここでボトモールを縫う人になればディーセント・ワークになる人も。筆者は自分が発案したものでないと細かい作業が雑になります。集中できないからです。!?
NOTE/吉藤オリィ「当事者のエゴが時代を変える」。吉藤オリィが参院選で見たある風景
オリィ研究所 > お知らせ > Torus/今回の参院選の舩後さん当選について、吉藤のインタビューが掲載されました
筆者の親戚にも脳性まひのこどもがいて何かできたらと。どうしたら当事者が助かるのか。「当事者がどうしたいのか」を知っていく過程が学びになります。
2022/06/23:追記 [問題点 まずどうしたいのか…きいてくれない。言ってもなぜかスルーされている…普通だと思うけれど(T T)?
SDGsとは? | JAPAN SDGs Action Platform | 外務省
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ここから先は飛ばしてください。ぶっ飛んでいますようなので(汗
筆者の解釈で言えば、誰もが生きやすくなる知恵(発達障害の人はより生きやすくなる)が沢山有ります。それが自然を守ります。ほぼ環境(農)の事になります。例えば火星に行く話があります。人間は二酸化炭素の量が2倍になっても生きれるとの発表が有ります。じゃあ、地球でいいのでは?人口はもう減少します。資源はあるのかと言えばそれを持続可能にしている途中です(一応…そうなってる。有ると思う)。ユダヤの法則に則り、火星を開発した時に植物さんが二酸化炭素を使った光合成に苦しみます。そこを考慮して、考えたのが(今の一部の)SDGsの動きです。自然の植物さんに支え合られて生きてきたのに蔑ろにするのは愚かな考えだと思っています。感謝の循環に。この辺りをSDGsと組み合わせて思えるようになるにはSDGsの活動をされている方の取り組みのもの凄さよりでした。
火星や月での農業が実現する? 「月面の土」で植物が育ったことの意味 (2022/5/9)yahoo!ニュースより
ごめん。「自然と共存」とかいうマイルドないい感じに言えればいいのですが、頭の中で出せても口には出来ず。自分の言葉でなない・・・。農業とかの体験がないからだと思う。。。
2022/06/23 追記 SDGsって、複雑。だいたい達成に向かっている。カードの色が変わっていってる。MDGsてなかったけ?Mはミレニアムだったかと。項目が明確にそして増えた。との感想。そして一番は「なんかエコすればいい」「”だれひとり”に注目し、よくわかってない」にみえる。
結局日本が国際社会で発言権を得る為の「ランキング」です。。仕事とは自然に働きかけて生活手段や生産手段を作り出す活動。福祉的就労とは明確な定義はなく、おおよそスキル向上の支援受けながら生産活動を行う。
ここは出来ること(最大のパフォーマンスが出せること)の分業なので割り切るしかないですと考えています。
幸せについての考察です。誰もが幸せになりたいと思っていると感じます。少なくとも今よりいい生活(人間関係や仕事の充実や恋愛・結婚)がしたい等。
そこからの方もいれば、今、体が激痛に襲われるのがいつなのかわからない難病を生まれ持つ方も居ました。
では、そういう場合はいつになったら自信がつき、いい生活が出来るのでしょう。お金を稼げたらいい生活になり、自信もそれに伴い自然についてくる。そういう場合は普通です。
しかし、筆者が付き合ってきた方々の中にはそういったいつどうなるかわからない障害を持ちながらも自信を持って何事にも対応できる力を持っていた方が多くいました。もちろん、筆者が見てきた社会で『成功者』と言われる方と同じくの感覚を持って生活しておられます。お金が少ないだけで友人にも恵まれ、何か有れば駆けつけて助け合える、集まり家でまったり爆笑しながら過ごせる、他の場でも視線だけで協力して場を回せる。周りを率先して笑顔にできる。そういうお金や権威に恵まれていないと普通はできないだろうと思われる日々、いろんな事をし、趣味を持ち、あちこちで支え合い、いろんな事が起こり、対応できていく。そんな体験をしていました。
筆者は実は難病指定を受けていました。高校も1年で中退し、勉強したことは独学です。体育や遠足にも参加せず、ほぼ通院と絶対安静でした。それと虐待の後遺症です。出産が早すぎて?骨盤も痛めています(産後の肥立ちもあると思う。やらなくてはならないので無視してました)。そして育児ができるようになる方が仕事より先決です。子どもの成長を見ることと、子どもから捉えた親との時間の満足度は子どもにもわたしにも大切だと考えています。そして緑内障を患っていますのでパソコン作業は辛い…(結構やってるけれど?)。
そして何を言ってもやっても怒られてきた環境を引きずっており、自分の存在を肯定できなくなることが多いです…。「わたしは要らない人なんだ」と思ってしまいます。
そもそもの発達特性が聴覚過敏(都会の生活、家で倒れる寸前)、気が散ってあたまが回らない集中できない(静かな個室ならオッケー)、物忘れ(今、必要な事しか覚えれない)、こだわり(楽しく過ごしたい、それでないとお金は生まれても減る、むしろ場を笑顔にするだけでどこからか入ってくる経験)、などなど
体力がすぐ落ちメンタルも弱くなりやすいです。働くのは難しい?虐待の経験より、心の視点を無視(偏見を持ち決めつけること)されるとPTSD(筆者は体が死後硬直のようになり、頭と精神がばらばらになります。周りは白黒のスローモーション動画に見え、自分の体は自分のものではなく遠くに見えます。動けないことも)の症状もすぐ出ます。出産にて大腿骨を痛めていることもあり、京都の生協関連の診療所に予約中です。いってくるね。医療券まにあわなかった。電子申請出来るところに引っ越す!
ほかにもパワーがある方にお会いし分けていただいています。お世話になっていますが、メンタルが落ちる出来事があるとすぐに「自分はいらないんだ」となり、また罪悪感→怒り→立場を変えて考える→仕方ない→感謝→希望→幸福感、と変えて行くのに事によりますが30分〜1時間で立て直しています。ですので、安全と思える場所にしかいきません。またみんなにモラハラしたらどうしよう…お世話になっているのに、お互い嫌な気分になる。わたしがしているのですが…。
正直、福祉の仕事に就き資格が有るや無いの問題ではない社会に見えます。資格が有れば何の人なのかわかりやすいですが、資格を認定している人物が何者なのかわからない、つまり対応が不適切な福祉の方がいるのは何が問題なのでしょう?福祉の方と揉め生きずらい方もいると思います。
ぶっちゃけ教育の問題というより、
どれだけ職場の人や利用者さんとの人間関係ができるかになるので「やる気」だと思います。
どこまで自分らしく生きれるか(働けるか)になると思います。
一応、筆者が広めたいと想い紹介する資格を紹介します。
メンタルヘルスファーストエイド(こころの応急処置)の考えを参考に新設しています
2033年度末までに100万人の養成を目指しています
こころの病気を持つ人に対する差別や偏見(スティグマ)を持つことなく共生できる風土づくりや、こころの不調の早期発見やサポートに役立つ、知識や方法を習得します。
NIPPON COCORO ACTION 「こころサポーター」
明らかにこちらが先に偏見を持った。それならその先も揉めて仕方ないと思っています。考えている事の前提が違えば何を言っても平行線です。これが揉め事の正体です。視野と経験の差になりますが、それはテクニック(教わるもの)ではなく『いかに相手を見て、話をきちんと聞いているか』。そして、それにどれだけの数を対応してきたか。これの積み重ねになってきます。偏見は体験すれば体験するほど増えていきます。自分が相当の偏見を持っているものです。
目標を積み重ねて行くことが目的となります。
世間でよく言われる『目標を掲げる』とは【目標→目標→目標→目標→目的(ゴール)】という目的に向かっているという図式になるとの解釈を筆者は持っています。
目的(ゴール)さえしっかりしていれば、その人の幸せは約束されています。
実は、筆者は今、生きているだけで幸せです。何故、毎日泣くことが多いのかは(同じくらいの量、爆笑して生きてますが)、この生きているだけで幸せが伝わらない為です。一般の方、福祉関係者ではない方には想像できない事だと思われますので仕方ないで諦めています。(後は結構いろいろな方を見てきてパートナーシップってお互いが精神的に自立していたらわりかしうまくいくんじゃないかな?って。ちょうどいい人みつけにくいな〜。ほぼほぼ自分の問題)それが泣ける。反対に感動の対応にも泣いています。次に書きます。
筆者は有難い事に発達障害と虐待を取材執筆いただき、その趣旨を明確にする事が出来ました。当事者同士、心遣いの伝わる点が沢山あり、今でも感動で涙しています。今でもというより、ずっと心に残る大切な思い出であり、だだの思い出ではなく心が通った大切な出会いでした。(わたしができていたことは大切に思っていることです。約束して大事にできるとは違い。まず大切に思えないと大事にできません)
これは、目標としたのは取材記事でしたが目的が一致していました。
考え続け、一つ一つの出会いに向き合い、その過程が自分と向き合う作業になっていた為と思います。
大袈裟ではなく生きてきて人と会い、起こった事、その一つ一つが自分を成長させてくれる教科書には無い学びだと思っています。
これほどの沢山の学びを得て、感謝し生きていて何故充実していないと言えるのでしょうか?
そう、どれだけ人間関係で心が充実しているかが幸せの正体なのかもしれません。
SNSで実際に会ってもないのに誰とでも繋がれることは、危険です。結構自分が思ってないことを相手が考えています。行動が嘘なのを本人もわかってないない時があります。お互いが価値観の理解を積み重ねていくことが大事。との感想です。
今、緩く繋がる事が流行っていますね。
茂木健一郎さんの『6次の距離』に纏められています。
よい人間関係にたどり着きそれを保つ考え方の補強となり、自信がつく方法となっています。
なんといか、親や都会で嫌な目に遭ったまま人を警戒しながらでも繋がって生きていくという「なあなあな付き合い」が殆どで自分の言ってることもよくわからなくなった方が多いみたい…。相手のせいにすれば簡単だから。親が社会が学校がなになにしてくれなかったというベースの考えで生きればまだラクだから。嫌なら家を出て学校もやめればいいのにね、何か辞めれない理由があったんだろうね。親のせいで。社会のせいで。
お仕事連絡先 7716kokonoha@gmail.com
魂鑑定士(準備中?日常生活)
大人の「その人らしく」を鑑定し生きやすいことを提案します。自分と同類の魂に手を添えることしか出来ない。
異常時に話す時間数分で自然ににやってしまいます。
本音しかでないし・・・行動に制限が加わりお金と時間と感謝の総量がおかしい場所はやめる。フォローもないとむりです。第三者。(これの経験者は多いです。同じ感想です)